東平(とうなる)」地区散策
最盛期には3700人を超える人が住んでいたそうで、当時はここには学校や娯楽施設、
生協や病院など、いろいろな施設もあったそうです。

しかし、現在はその当時の建物は残っていません。
当時の石垣や基礎工事の一部が残るのみで、杉の木がたくさん植えられています。

現在は別子銅山のために切り開かれた山の中には人は住んでいません。
銅山開発のため、この山域の木々は斬られ、荒涼していました。
そのため、別子銅山2代目支配人伊庭貞剛氏が植林活動を開始し、当時の建物はすべて
撤去して、植林をして森にかえしました。
それはその後も受け継がれ、閉山後ほんの40年足らずで付近の山は木々に包まれ、
豊かな自然へと戻ったようです。
深い森の中に当時を思わせる産業遺跡や多くの人々の生活の跡がひっそりと眠っています。
東平娯楽場跡

収容人数2000人 定期的に映画や劇が上演されていました。
当時の建物はこんな感じだったそうです。

病院跡には...

何故かビンが4本置かれていました。w


